「三月の第四日曜」(宮本百合子)

「詐取」の上に成り立っていた戦争

「三月の第四日曜」(宮本百合子)
(「日本文学100年の名作第3巻」)
 新潮文庫

「日本文学100年の名作第3巻」

「三月の第四日曜」(宮本百合子)
(「百年文庫079 隣」)ポプラ社

「百年文庫079 隣」ポプラ社

女工のサイは、
就職のために上京してくる弟を
早朝の上野駅で迎える。
上京後一度も帰郷していない
サイにとっては、
三年ぶりに会う弟である。
教員に引率され、
大勢の子どもたちが
列車から降りてくる。
その中に弟の勇吉はいた…。

粗筋を書き出すのに苦労しました。
筋書きといえるほどのものが
ないからです。
姉・サイが弟・勇吉を心配する様子と、
サイの工場で働く様子と
下宿での様子が綴られるだけなのです。
しかしそこからは
日中戦争が始まった昭和13年頃の
若者の様子が克明に読み取れます。

まずサイの働く工場です。
「何を書かされているか
わからない図面」
「辞めてもしばらくは
他で働くことができない」
「作業の監督者は伍長」という
断片をつなぎ合わせると
軍需工場であることは
間違いありません。
「伍長」は穏やかな人物なのですが、
労働環境は過酷であることが
読み取れます。
「夜勤で、かえったのは
 朝七時半ごろだったが、
 夕方四時には、
 また出かける仕度を
 しなければならない。
 五時から夜中の十二時迄で、
 次の日は定時で一日という順に
 なっている」

次にサイの住んでいる下宿です。
三食ついているとはいえ、
洗濯のような小間使いもさせられた上、
二畳間しか与えられないという
劣悪な条件です。
その二畳間も
「壁も天井板もないところ」
「低い頭の上から、
三方ぐるりと白地に紋がらの浮いた
紙貼りで出来た部屋」
「素人細工のその紙貼りは、
柔かくぶくついている上に
天井にも横の方にも
汚点が滲んでい」るという
とんでもない空間なのです。
「初めてそこに坐ったとき、
 サイは鼠の小便のかかった
 ボール箱に入ったような気がした。」

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職場でも下宿でも
サイは詐取され続けているのです。
いや、弟の勇吉もまた
小学校卒業で集団就職として上京し、
低賃金で過酷な労働に
はいろうとしているのです。
日本の「戦争」は、こうした
年端もいかない少年少女をはじめとする
市井の人々からの「詐取」の上に
成り立っていたのでしょう。

戦争についての記述は、
「伍長」が召集令を受けた
報告をする場面のみです。
それでいながら、本作品は
日中戦争に突入した時代の人々の生活を
余すところなく
描き尽くしているのです。
しかもサイも勇吉も、
その状況下において
微塵も弱音を吐くことなく、
力強く生き抜いているのです。

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穏やかな表面の奥に、厳しく
戦争を批判する姿勢が潜んでいる、
日本の民主主義文学を代表する作家・
宮本百合子の渾身の一作です。
三月の第四日曜日の今日、
ぜひご一読を。

※表題の「三月の第四日曜」は
 どの日を指しているのか、
 浅学な私にはわかりませんでした。
 本作品は一から五に分かれた
 構成であり、
 「二」が四月以降の出来事ですので、
 「一」に描かれている、サイが勇吉を
 迎えに行った日のことではないかと
 推測されるのですが、
 サイは「休みを取った」のですから
 日曜日ではないと思われます
 (それとも日曜日も
 営業していた?)。
 また、その日は
 「三月二十五日」であることが
 記されているのですが、
 日中戦争勃発の翌年・昭和十三年の
 その日は金曜日、
 十四年は土曜日、
 十五年は月曜日、
 十六年は火曜日と、
 該当する年が見当たらないのです。
 一体「三月の第四日曜」は、
 本作品に描かれている
 どの日なのでしょう?

(2021.3.28)

〔青空文庫〕
「三月の第四日曜」(宮本百合子)

〔「第3巻 1934-1943 三月の第四日曜」〕
1935|猫町 萩原朔太郎
1935|一の酉 武田麟太郎
1936|仇討禁止令 菊池寛
1937|玄関風呂 尾崎一雄
1938|マルスの歌 石川淳
1938|厚物咲 中山義秀
1938|幻談 幸田露伴
1939| 岡本かの子
1939|裸木 川崎長太郎
1939|唐薯武士 海音寺潮五郎
1940|三月の第四日曜 宮本百合子
1941|茶粥の記 矢田津世子
1942|夫婦 中島敦

〔日本文学100年の名作はいかが〕

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〔「百年文庫079 隣」〕
駄菓子屋 小林多喜二
判任官の子 十和田操
三月の第四日曜 宮本百合子

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